みなさんこんにちは
先月から大河ドラマ【青天を衝け】が始まりました、皆様ご視聴されておられますでしょうか? 見ておられる方も、そうでない方も良ければ京都と渋沢栄一のご縁について少し蘊蓄を語らせて頂ければ幸いです。
今回が渋沢と京都のご縁に付いて語る記念すべき、1回目になるのでどこをご紹介しようか迷ったのですが、記念すべき1回目はずばり『東急ハーベストクラブ京都鷹峯』を紹介します。
簡単ですがご縁を説明いたしますと
渋沢栄一氏が相談役という形で1918年 田園都市株式会社を設立
この会社は東京の宅地造成に加え鉄道をはじめ都市インフラを整備していく会社で大きな計画の下始まります
1922年事業推進の責任者として五島慶太が抜擢されます、更には東急の前身である目黒蒲田電鉄の専務に就任(1928年には目黒蒲田電鉄に田園都市株式会社は吸収合併する為 事実上の創業者は五島慶太)
簡単に記載しただけなのですが、東急ハーベスト京都鷹峯には渋沢とのご縁がありました 渋沢が居なければ存在しなかったかもしれませんね
私達は日々お越しいただくお客様にお喜び頂けるよう努力を致しておりますが
渋沢栄一のお言葉にこのようなものがあります
『できるだけ多くの人に、できるだけ多くの幸福を与えるよう行動するのが、我々の義務だ』
私達は渋沢の精神を受け継いでいる会社の一員なのです そう考えると、恥ずかしい振る舞いは出来ないですね
今日も多くの幸福を届けられるよう頑張ります。